Nada 2009
先週末、中学から高校まで6年間過ごした神戸の灘校に行ってきた。学校のOBを呼んでいろんな専門分野の話を高校生たちに聞かせる”土曜授業”というカリキュラムで「お前、喋れ。」と当時の担任、現在の校長の和田先生に命じられ、帰省がてらホイホイ行ってきたのだった。
1980年代、神戸ファッションを身を包んだ女子大生たちが行き交うオシャレストリート、岡本にて、ハードコアな灘高生は常に気持ちわるがられ、煙たがられ、恐れられる孤高の存在であったが、最近はめっきり垢抜けて付近の女子高生にも人気があったりするらしい、という、まことしやかな噂を聞いていたのだが、実際行ってみると、やはり依然としてハードコアだった。安心した。変わってない変わってない。
以下、灘41回生近辺の同窓生向けの限定の、現地情報です。
- 交差点のマクドは、もうない。
- カットスポットVONも、もうない。
- そのそばの雀荘も、ない。
- ゲームセンター・ミキは、未確認。
- パンチ、引退。
- ハセベン、居る。
- 「新高」って言葉、健在。
- イスデスク (aka ツクエイス)は、中学まで。高校は椅子と机が分離。
「街はいろいろ変わってしもたけど、人は変わってまへんなー。」
と、関西風の感慨を抱きつつ、去った。