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ただでさえおぼこいデザイナー界、作り手は自分の仕事を完結することに完結してしまっていることもあり、自分の作ったものに対する批評に対する批評というのは滅多に行われることはありません。

所謂「デザイン批評」というのは割と野放しで、それぞれの書き手の良心に委ねられているのが実際のところだと思います。少なくともそこに「空間」はなく、所謂「ポエム」の形式をとることが多く、僕自身は世のデザイン批評の文章に何か触発されたり影響受けたり、ということはほとんどありません。デザイン系のブログとかも脊髄反射的な伝書鳩ロボットのようなサイトばかりの砂漠的な状況で、正直なにかで取り上げてもらっても、一言、「あー、はい、どうも。はい。」みたいな儀礼的微笑以外は何の感慨も持てないでいます。別にイヤだ嫌いだとか全く無いんですが。でも、取り立てて批判すべきこともない、特別な悪意もなく作られたものたちが、得てして一番たちが悪かったりする、ということもあると思います。

数少なく、あーいつも面白いなー、と思えるサイトとしては、例えばここでしょうか。時々出る浪花節が個人的にはアレだけど、全体的に文章に人柄が出ていてほっこりするし、なおかつ時折非常に鋭かったりしてハッとさせられます。藤崎氏がDRAFTの本書かれたと言うことで読んでみたら、やっぱり面白かったです。

月刊誌とかのデザイン誌の文章は正直、批評云々以前に基本的な文章力無いんじゃないか、あるいはあんまりまともな内容を書こうとしてないんじゃないか、と思うことが多々あります。流し仕事というのはとてもわかりやすいです。一度、編集者の方に「これだと内容以前に日本語として意味が伝わらないですよね。ていうか内容なんもないですですよね・・・・。」といってしまい非常に関係性が悪くなった苦い記憶も多々あります。たぶん、文章書くのが仕事の人にとっては、「デザイン」を取り扱うというのは、あまり「割の良くない」仕事、少なくとも決して花形では無い感じの仕事なんじゃないかという邪推的な印象を持ってます。僕の偏見ですが。

少なくとも一度くらいは、デザインの現場に対して「努力」とか「追求」とか「試行錯誤」とか「自己実現」とか、そういった類の言葉を一切使わない文章を一度読んでみたいものです。デザイナーは得てしてそういうこと言うけど、それそのまま書いてたら駄目だろ、みたいな。いくらなんでもJPOP化が甚だしいのではないでしょうか。

想いが熱くて、力がある人がいれば一緒にやりたいことはあるにはあるんですが、未だにそういう人と巡り会えないでいます。デザインに関しても、本質的に人を動かす文章というのはあるにはあるとおもうんですが。

作り手が作る以外の活動として、こういった場を求めるのは不純といえば不純ですので、あまり大きい声では言わないですが、でも、ちゃんと受け止めてくれる人が居て欲しいな、とも思います。

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