アイデアってそんなに大事なことなのか
今日の何となく頷いちゃったテキスト。
僕もこういうの、少し食傷気味になっているかも知れない。アイデアやコンセプトを前面に出していくことがスタイル化されてしまっているというか、アイデアのひねり出し方、その表出の仕方自体がクリシェ化されてしまっていると感じることは多い。そして、そういうクリシェが大好きな、例えば最初のブレストなんかでやたらとキーワード豊富で能弁な奴というのは大抵の場合、最終的にヘタクソなものしか作らない、というのもこれまた事実ではないかと思う。
初期のミーティングなんかで盛り上がった美しいコンセプトというのは割と危険が多い。こういうアイデアっていうのはよっぽどの本物でもない限りほとんど長続きしないし、そこに最後まで留まり続けて良いものが作れた試しがない。自分の場合、最後は初期コンセプトなんてどうでも良くなってばんばん方向性変えてるうちに、そもそもどんな仕事だったかもすっかり忘れてしまい、結局、力業モードに突入、「とにかくここに俺の寿命を注ぎ込めオラー!」というパターンに落ち着く。まあ要するにダメダメなわけだけが、でもその最後の力業から一発逆転の新しいアイデアが出てくることは多々あるのだ。
こういう一種の神頼み作戦が良いのかどうかわからないが、自分的にはこういうやり方が好き、としかいいようがない。他人においても、その場で思いついたようなアイデアやコンセプトを喋り散らすやつより、黙々とカタチやコードに命注ぎ込むやつのほうが好き。そんなお前が好き。(謎)
最近、ほとんどのことを好き嫌いで判断するようになってきた。ギャル化?
受注のときは仕方が無いんですがアイデアって人に任せてしまうととたんに色あせて面白くないですよね。人の考えに素直な自分の気持ちを乗せるなんて器用なことはそう簡単にはできないし、金の絡んだ関係じゃもうどうでもいいかって内心思ってしまいます。
だからそういうものに耳をふさいで自分の世界に突っ走ろうとしているのではないかな?と、このエントリーを読んで感じました。
オチはありません。
ちょい主題からずれるけど、若いころは「これは正しい!これは間違い!」とかやたらと定義する傾向があったのに対し、年取ってきてそういう自己主観をさも普遍的事項であることのようにアピールすることとかウザクなって来て「好き」「嫌い」で括ることが多くなってきた。
ま、逃げてるといえば逃げてるような気もするのだけど・・。
「その場で思いついたようなアイデアやコンセプトを喋り散らすやつ」ってどっかで聞いたようなやつだな・・・。:P
いや、アンタの事では決して無い。
喋り散らすという点では一緒だけど・・・。
語ることで失うモチベーション
「語る」ことは一種の快楽であり、創作行為であり、それはある種の満足感をもたらすものであるから、モチベーションの消費である。
>年取ってきてそういう自己主観をさも
>普遍的事項であることのようにアピールすることとかウザクなって>来て「好き」「嫌い」で括ることが多くなってきた。
すごく頷けます。
私も歳だから?