Coding 2006
- 表現手段の一つとして、あるプログラミング言語を習得しようとしていた人が、いつの間にかその手段自体を目的化してしまう。かつて、美しいものを作ろうとしていた人が、いつのまにか美しいコードを書こうとしている。
- そういった種類の人達が非常に増えた結果として、コードを媒介としたコミュニティがとても発達した。
- 共有という名の下に、コードのコピーは気軽に繰り返され、ある表現のブレイクスルーは一瞬にして無数のクローンを生み、結果として、かつての素朴なプログラミングアートから作家性が完全にはぎ取られ、それらのカルチャーは、少なくともある側面では、殺された。
- その代わり、かつては作るためにあったコードが、今や、ネット上でのコミュニケーションの為のコード、ポケモンのカードのようなものとして作用し始めている。
- なので将来、「友達作りの為にAS3.0をはじめました」という人が出ても、そう違和感はない。
という筋のスライドショーを3年前ぐらいに作ったのだけど、空気読んで引っ込めていた。それ以来出す機会は一度も来てないし、もはや時期を逃した(=それが当たり前になった)ので、もう出す機会は無いだろう。
よく自分の作ったサイトの小さなギミックがどっかのサイトでコピーされて再現されてるのをみるのだけど、どう対処して良いか、よく分からなかった。僕自身の感覚としては、トイレのドアあけたら他人がウンコしてるの見ちゃったように感じてしまうんだけど、当の本人はニコニコしながら、それをメールで報告までしてくれている、という状況。そんなことが背景としてはあったように思う。
[...] 途中ibitusさんが、今の美大生はアーティストになろうとして表現やってるからつまらない、みたいなことをキッパリ言ってて、まあそうだよなと思った。いつかの中村勇吾氏のblogにも書いてあったけれど、アートに限らずものを作るという仕事は目的と手段が入れ替わる現象が起きやすいようで、いかに我慢出来るか(待てるか、でもいいかも)が大事なのかもしれないと思った。 [...]
[...] yugop氏のブログから引用 [...]
[...] http://yugop.net/blog/archives/807 [...]