今、フランスのカンヌにいます。「Cannes Lions」っていう広告賞の審査員、という任務です。
毎朝7時に起きて、夕方の6時まで、まる1日中、膨大な量のサイトやバナーをクリックしまくっています。審査は1週間かけてみっちり行われます。まだ第1次振り分けの段階なのに「適当に見て決めちゃわないで、ちゃんと隅々まで見て判断すること!」みたいな指示が飛び交っていて、どうも手を抜くわけにはいかないような空気です。 かなりしんどいです。 普段はこういうのは第一印象だけでサクサク済ませる僕も、今回はちゃんとやらないと怒られそうで、結構がんばってます。
とはいいつつも、終了1時間前ぐらいで、あー疲れた今日はもういいやと根をあげてしまい、審査ルームを脱出し、タバコ吸える場所を求めて会場ビル内をフラフラと彷徨いはじめたんです。 各階にテラスがあるので、そこに出てタバコ吸えればいいんですが、ほとんどのドアが締切で鍵が掛かっているので、中々外に出られないんです。
そうして屋外を求めて徘徊しているうちに、ふと屋上のテラスへ続くドアが開いてるのを発見しました。 外に出てみると、カンヌの風景が一望できる、とても素敵な場所でした。 面積も広く、かなり散歩しがいがありますし、人も全く来なさそうなので、ゆっくりと落ち着けます。
あーいい場所みつけたー、と、ひとしきりタバコ吸いつつブラブラと散歩した後、さあ帰ろうか、と目の前の出入口に戻ると、何故か先ほど開いていたはずのドアが閉まっているんです。
おや?と思い、ドア開けようとしても、内側から鍵がかかっています。 ドアノブをガチャガチャやってみたり、思いっきり引っ張ってみたりしましたが、開きません。 次第に変な汗が出てきました。 どうやら、この屋上で僕一人が完全に閉じ込められた、と認めざるを得ないようです。 大きな会場ビルの中には今、少数の審査員関係者しかおらず、しかも定刻の6時にはほとんど全員が帰ってしまうことでしょう。 6時までに僕と同じく偶然ここまで彷徨ってきた誰かに見つけてもらわない限り、アウトです。 この屋上で朝まで一人過ごさないといけません。 時計を見ると、既に5時半を過ぎていました。
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いわゆる「創作」から創意が抜け落ちると、只の「制作」となる。「創作」と「制作」は紙一重で、どんなにお膳立てが良くても、作る人間の構えひとつで「創作」は「制作」化してしまう。逆にどんなにしょうもない仕事に囲まれていても、その中に取り組む価値のある「創作」を見出すことは出来る。
環境として出来るだけそれぞれの創意を掬い取るような状況を作ることは出来るが、最終的には、その人それぞれの欲望であったり、発見能力であったり、根気であったり、に全てが託されている。そこに個人の欲望がなければ、どんなお膳立てをしても、何も始まらない。
今日、thaが9人になって、あーそろそろ組織なんだな。としみじみ実感した。とてもスキルの高い人も居れば、発展途上の人も、つい最近始めたばかりの人もいる。僕も含めてそれぞれがそれぞれなりに仕事を通じて自分のスキルを高めていければ、と思うが、一体それは何のスキルなのか。制作のスキルなのか、創作のスキルなのか。この薄皮一枚の隔たりだけは意識して欲しいと思う。
基本的な制作スキルは、社会に対するある種の責任として必要で、これが無いと周りの皆が困るので、何やかんやでぎゃーぎゃーダメ出しされたりしながら次第に進歩していく。ちゃんと皆とコミュニケーションとりながら真面目にやってりゃ、そのうち上手くなるさ、という種類のものだ。
が、創作スキルに関しては、これはいかんとも干渉しがたい。こればっかりはもう自分自身で勝手に挑戦してもらって、勝手に鍛えてもらうしかない。周りのサポート万全、お膳立てされまくったヌルい創作ほど寒いものはないので、基本、ほうっておくしかない。僕が出来るのは、どうか皆さん勝手に色々と挑戦しててください、と日々念じることぐらい。 まあでも、人の勝手だからな。
会社って難しい。
GW中はずっとFlexを触っていた。一つ一つ新しいライブラリを紐解きながら、特に目的もなく色々なプログラムを書いてみた。これが、なんというか、楽しかった。AS3、不要にめんどくさくなったという前評判で結構毛嫌いしていたのだが、触ってみるとこれが楽しい。ちょうどいい感じ。
AS3の速さが加わって何すんだというと、量的、スケール的な拡大に向かうのではなく、新しいディテールを編み出す方向に向かっている。まあ僕は生来そういう嗜好だから、というのもあるが、今、何となく感じている壁がこのあたりから気持ちよく突破できそうな楽しい気配を感じるのだ。
インタラクティブ系の表現手法はここ数年で急速に飽和した感があり、表現それ自体より、ある種の大きい絵を描く方向にシフトしていくような流れがある。それはそれで面白みはあるのだが、目の前の製作物としてはどうなのよ、ていうモヤモヤがずっと残っている。かといってそこと正面向かい合ってもしょうがないので、とりあえず全部忘れて、変なディテールのコードばかり書いてるうちに、ああ、何も考えずにこの方向で書きつづけてれば何か面白い糸口が見つかりそう、な気配がそこはかとなく漂ってきたのだった。やはりディテールが持つ突破力は侮れない。
でもまあ、こうやって、自分達を取り巻く製作環境がポンポンと世代交代して、それがいい感じの思考のトリガーになったりして・・・といった連鎖は、すこぶるラッキーなことのように思うけど、環境設定としては甘すぎるんだろうな、とも思う。利用はすれど依存はするな、みたいな。
Posted on February 14, 2006, 6:44 pm, by yugo, under
thoughts.
amazonia
- ここからAmazonに行って買い物すると、自動的に誰かのアフィリエイトIDがついて誰かを儲けさせる。
- その一方で、自分のアフィリエイトIDもその「儲かる誰か」リスト登録することができて、自分もランダムに儲けを享受できる可能性が生まれる。
- これを繰り返す毎に自分が儲かる確率が高まる。与えれば与えるほど儲かる、かもしんない。
このサイトはアマゾンの規約違反とかでサクッと消えちゃいそうな気配も漂っているけど、ランダムに発生する(かもしれない)ギブ&テイクの関係(への期待感)によってユーザを増殖させていこう、という面白い考え方のサイト。Winnyにおける、「自分がアップロードしてる数」vs「自分がダウンロード可能な数」におけるギブ&テイクな相関関係にも似てるけど、そこまで直接的でなくて、この「かもしんない」ことへの「期待感」が前提になっているところが、ちょっぴりファンタジー。(謎)
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